日本賃貸業界の歴史【第1回】戦後の住宅不足から始まった賃貸市場の原点

2026-02-27

豆知識

日本賃貸業界の歴史【第1回】戦後の住宅不足から始まった賃貸市場の原点

日本の賃貸市場はどのように始まったのでしょうか。
現在では、賃貸マンション・アパート・管理会社・保証会社などが整備され、巨大な産業へと発展しています。
しかしその原点は、戦後の深刻な住宅不足にあります。

本シリーズでは「日本賃貸業界の歴史」を5回に分けて解説します。
第1回は、戦後〜高度経済成長初期までをテーマに、賃貸業界の出発点を振り返ります。


■ 戦後の住宅不足が賃貸市場を生んだ

1945年の終戦後、日本は深刻な住宅不足に直面しました。
空襲により東京・大阪・神戸など主要都市の住宅は大量に焼失し、約420万戸不足していたと言われています。

  • 復員兵の帰還
  • 海外からの引揚者
  • ベビーブーム

これらが重なり、住宅需要は爆発的に増加しました。
しかし建築資材も不足しており、新築供給は追いつきません。

この時代、「貸す・借りる」という住宅の流動性が都市部で急速に高まり、賃貸市場の土台が形成されました。


■ バラック住宅と長屋の時代

終戦直後、多くの人が住んでいたのは、

  • バラック住宅
  • 木造長屋
  • 間借り

などの簡易住宅でした。

神戸市でも、戦災復興の中で仮設住宅や木造住宅が広がりました。
須磨区周辺でも、山手・海沿いエリアに小規模住宅が点在していました。

当時は不動産会社による仲介システムは未整備で、貸主と借主が直接契約するのが一般的でした。


■ 公営住宅と団地の誕生

1951年、公営住宅法が制定され、自治体による住宅供給が始まります。
さらに1955年、日本住宅公団(現UR)が設立され、団地建設が本格化しました。

神戸市でも高度経済成長期に団地開発が進み、須磨区の高台エリアや郊外型住宅地が整備されていきます。

ここで日本は初めて、「集合住宅文化」を本格的に形成しました。


■ 民間アパート経営の始まり

公営住宅だけでは供給が足りず、民間によるアパート建設が拡大します。

  • 木造2階建てアパート
  • 文化住宅(関西特有)
  • 風呂なし単身向け住宅

高度経済成長により、地方から都市部へ若者が流入。
神戸市中心部や三宮エリア、そして須磨区にも単身向け住宅が増加しました。

ここで賃貸は「生活インフラ」から「ビジネス」へと変化していきます。


■ 地主による土地活用の始まり

戦後の農地改革を経て、都市部に土地を持つ所有者が アパート経営=土地活用を始めました。

当時は、

  • 自主管理
  • 家賃手渡し
  • 保証人制度

という非常にシンプルな仕組みでした。

現在のような賃貸管理会社はまだ存在せず、大家さんがすべてを担う時代でした。


■ 借地借家法と借主保護

戦前から存在した借地借家法(旧法)は、戦後も強い効力を持っていました。

特徴は、

  • 借主保護が非常に強い
  • 立ち退きが困難

これにより、貸主側は慎重になりつつも、賃貸市場は徐々に拡大していきます。


■ 高度経済成長と都市集中

1955年以降、日本は高度経済成長期へ。

都市部への人口集中が進み、

  • 単身者向けワンルーム
  • 企業寮
  • 社宅

などが増加しました。

神戸市・須磨区でも企業勤務者向けの賃貸需要が拡大し、現在の賃貸市場の原型がこの時代に形成されました。


■ まとめ:賃貸業界の原点は住宅不足

日本賃貸業界の始まりは、

  • 戦後の住宅不足
  • 高度経済成長による人口集中
  • 民間アパート経営の拡大

という社会的背景にあります。

現在の神戸市・須磨区の賃貸市場も、この歴史の延長線上にあります。


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